モータースポーツ塾


「レーシングカーの素材」
第7回 木材


われわれの身の回りにある素材で、いちばん身近なものは何でしょうか。今の時代ならプラスチックなどの樹脂でしょうが、かつては、コイツがいちばん親しまれていた素材でした。なにしろわれわれ日本人は、これで家を作っていたくらいですから。木、です。

地球上にもっとも古くから存在し、人類の生活を支えてきた木。これがなんと、金属とハイテク素材の塊のように思われているレーシングカーに、今でも使われているのです! 活躍場所はきわめて限られてはいますが、なくてはならない重要な素材です。

現在のフォーミュラカーは、安全のため空力効果を下げてスピードを落とすために、マシンの床面に段差がついています。空力講座でも述べましたが、フラットな床はダウンフォースを多く発生するんですね。で、この段差をつけるために使われるのが木なんです。薄い板状のモノを、マシンの中央部に貼っています。この板のことを、スキッドプレートなどと呼んでいます。


板といっても、高級家具のような1枚のムク板ではありません。何枚もの木に圧力をかけて板状に成形したものです。“スーパープレスウッド”とか、英国では“ジャブロック”などと呼ばれています。ベニヤ板をより高密度にしたようなものと考えればいいでしょうか。

このスーパープレスウッドをスキッドプレートに使う理由は、素材特性にあります。元が木ということでおわかりのように、“優しい”んです。路面と接触することの多い部分ですが、その際に自らが削れるかわりに路面を傷つけないんですね。セラミックなどが試されたこともあったようですが、路面が傷ついてしまいダメだったそうです。

レースのたびにコースが減っていっては、サーキットの経営あがったりですから!? さらにウッドは衝撃吸収力に優れ、金属の5倍近い吸収力を持っているというデータもあります。

木を積層してボディを作る工法は昔からあって、とくに航空機の世界で盛んに用いられてきました。驚いたことにライト兄弟が1903年に初めて空を飛んでからわずか10年たらずの間に、この作り方が登場しているのです。フランスのドペルデュサンという飛行機がそのはしりで、これで得られた軽くて強い機体で、当時としてはビックリの速さ、時速203.85キロを達成しています。


以来、木を樹脂で貼って形にする方法が、金属にその座を譲るまでごく一般的に使われていました。高速機として知られたイギリスのモスキートは、輪切りにしたバルサを、繊維方向に薄く削いだベニヤを包帯のようにX字形に貼りつけたものでサンドイッチして形にしていました。カーボンやFRPといった複合素材(コンポジット)の考え方のはしりと言えるでしょう。



レーシングカーに話を戻しましょう。現代では、スキッドプレートくらいにしか木は使われなくなりました。ところが1960年代には、なんとモノコックに木を使ったフォーミュラカーがありました。1967年のイギリス製F2マシン、プロトス・フォードです。マーコスというスポーツカー・メーカーを興したマイク・コスティンが設計しました。

その1年前には、F1でもモノコック素材の一部に木を使ったマシンが存在しました。この年から参戦を開始したマクラーレンのM2Bが、アルミ+バルサの複合素材を導入しています。輪切りベニヤの芯材を、アルミでサンドイッチ。モスキートの手法を、アルミに置き換えたようなものですね。当時で11000ポンド・平方フィート/度(lb・f/deg)のねじれ強度を持っていたといいます。80年代、初のカーボンファイバー・モノコックを採用したマクラーレンのねじれ強度が12000lb・f/degと言われていますから、当時としては相当なレベルと言えるでしょう。

このマクラーレンM2Bを設計したデザイナー、ロビン・ハードはそもそも航空機の分野の出身でしたから、アルミ+バルサといった複合素材づかいが登場したのかな? この発想はのちにモノコック素材で多用されることになる、アルミ・ハニカム・コンポジットへとつながっていくのでした。


やはりここでも飛行機の影がちらついていますね。そもそもモノコック・シャシーの発想も飛行機ですし、近代レーシングカーは、空力に限らず飛行機からの影響が非常に大きいことがおわかりいただけるでしょう。



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※この講座は1998年〜2000年まで、本田技研工業のホームページに連載されていたものを再編集したものです。


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