モータースポーツ塾


「空力の話」
第6回 フロントノーズって厄介者?

レーシングカーに限らず、たいていのひとは自動車を見た時、まずフロントに目が行くと思います。「シャープで速そうな顔つきだな」とか「なんであんなエラそうなグリルなんだ」とか。というわけで今回は、フォーミュラカーのフロント部の話をしましょう。

1990年代のフォーミュラカーの最大の特徴とも言えるのが、高〜く持ち上がったフロントノーズ。鶴のクチバシみたいに細く、ゆるやかな曲線を描いて上を向いていますね。これは何のためだと思いますか? 極端な結論でいえば、「ノーズがそこにあってほしくない」からなんです。



いったいどこまであげれば気が済むの?

近年のフォーミュラカーは前後のウイングもさることながら、マシンと地面の間を流れる空気を利用してダウンフォースを稼ぐように考えられています。そしてそのダウンフォースは、重い部品が集中しマシンの重心である、コクピット後部の燃料タンクからエンジンあたりで前後の力のバランスが取れていると理想的なんです(これを圧力中心と言います)。それを実現するためには、乱れが少なく勢いのある空気をマシン下面に流して、エアロダイナミクス効率を良くしたい。でも問題は、その前にフロントノーズやらサスペンションアームなどの“邪魔者”が居座っていること。彼らは真っ先に空気にぶつかり、せっかくの空気を乱してくれます。勢いも弱まります。




究極のノーズをめざすとこうなったりして……

そんな時さるデザイナー、実にシンプルだけど今まで誰も考えなかったアイデアを実践したのでした。「持ち上げてしまえばいいんだ!」。ノーズを上へよけ、マシンにぶつかった空気を可能なかぎりダイレクトに流すようにしたのでした。ジョン・バーナードというイギリスのデザイナーが、1989年のフェラーリで原形となるアイデアを披露し、その後ティレルがはっきりそれとわかる形でノーズを持ち上げて以降、フォーミュラカーの定番スタイルとなりました。以来さまざま形が登場し、現在では下面にいい角度で空気を送り込む、“風先案内人”的な役割も担っています。

ノーズはこれでいなくなってくれた。しかしまだサスペンションアームとタイヤがある。こればかりはタイヤを浮かすわけにはいかないし、アーム類もメカニズム的な制約があってどこにつけてもいいってもんじゃない。でも影響は最小限にとどめたいし……。そこで考え出されたのが、ただの丸い棒で空気を乱しがちなアームを翼断面にして空気の乱れを減らすというもの。タイヤが乱す空気にかんしては、“ターニングベイン”と呼ばれるツイタテを設け、乱れた空気をマシン側方に追いやってしまうようにしました。

とりわけ翼断面アームは効果的。タイヤの位置を決めるアームが上下で4本、ハンドルを切るためのロッドが一本、スプリングを動かすためのロッドが1本、合計で6本のアームが、しかもてんでばらばらの方向を向いてついていて、ずいぶん空気を乱していましたから。最近では位置の近い前者ふたつをひとつのカバーでくるみ、いっそう乱れを減らそうというトライも見られます。



“アーム刀”乱れ切りでつむじ風発生中……

これら一連のアイデアは、ルールのすき間をついたゲリラ的な発想から始まったものがほとんどです。でも今やすっかりおなじみになった。前にも述べたと思いますが、空力はいつの時代も、ルールとデザイナーの発想のいたちごっこ。あらゆるモノが出尽したように思える世紀末のレーシングテクノロジーですが、きっとまだ目の覚めるようなアイデアが眠っていることでしょう。これからもレーシングカーから目を離してはいけませんゾ!

今回で空力の講座はひとまず終了。次回からは、これまたレーシングカーには欠かせない素材の話をしたいと思います。



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※この講座は1998年〜2000年まで、本田技研工業のホームページに連載されていたものを再編集したものです。


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