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第3回 ひと筋縄ではいかない! ツーリングカーの空力
第3回目はみなさんが普段乗り、町中でも目にしている市販車を使ったレース、すなわちツーリングカーの空力について考えてみましょう。ツーリングカーといってもいろいろなジャンルがありますが、ここでは現在出場マシンも観客動員も多く人気のGT選手権と、スーパー耐久シリーズ用のマシンを例にしましょう。ルール上、前者は改造の自由度がかなり高く、後者はほぼ市販車に近い状態が義務づけられているという違いはありますが、共通項があります。
最大の違いは、マシンの総合性能における空力の占める割合が、フォーミュラカーより少ない! ということ。たとえばダウンフォースをとってみても、フォーミュラなら車重と同等からそれ以上のダウンフォースを得ることが可能ですが、ツーリングカーではちょっとムリです。たとえば625kg(乗車時)のフォーミュラ・ニッポンのマシンが250km/hで走行していると、7〜800kgのダウンフォースを得られますが、GTマシンでは同じ速度域で7〜900kgほどが限界です。900kgという数字はフォーミュラ・ニッポンのソレより大きいですが、そもそもマシンが1トンを超えていますから、結局効率が悪いことになります。ほとんど市販車のままの(ボディーの改造範囲が狭い)スーパー耐久シリーズ用のクルマは推して知るべしです。
そしてもうひとつ。“化粧は上側だけ”ということ。モトとなる市販車は、言ってみれば一般ユーザーの目に見えない裏側はどうでもいいわけで(あくまでも空力的にという意味です。もちろんメカはきちんとしていますよ!)、ボディ外板以外の部分、特にボディの下面は、各種メカがむきだしの凸凹状態です。いっぽうフォーミュラカーなら空力のためにマシン下面を、空気の流れを乱さないように、極力平らなフラッシュサーフェイスにしたり、サスペンションアームを翼断面形状にして空気抵抗を減らすことなどの工夫が満載されています。まぁ、もともとレース専用に作られたフォーミュラカーと、ベースが市販車のマシンを比較するのもかわいそうな話ですが……。
この外から見えないボディー下側の凸凹が、思った以上にツーリングカーの空力の足を引っ張っているのです。クルマの下を覗いてみると、エンジン下部からオイルパン、サスペンションアームにギヤボックス、マフラー、燃料タンク、後輪駆動車ならプロペラシャフトにディファレンシャルギヤなどなど、表面が滑らかなものはひとつもないと言っていいくらい。しかもそれらがまちまちの高さや場所に位置していて、山脈というかビル街というか、と言うほどの凸凹です。しかしそれを無闇にカバーで覆ってしまうのは放熱や整備性を損なうし、大改造が必要だったりします。そもそもルールで禁止されているんですけどね。
人に見えないところまでキレイにしておくのは、クルマにも人間にも至難の技!?
そこで考え出されたのが、いかに下に空気を入れないようにするか。フロントについたてのような巨大なスポイラー(フロントグリルを顔に見立ててアゴ(
チン)の部分、ということでチン・スポイラーと名付けられました)を立てたり、ドアの下にもついたて(サイドステップ)を設け、余計な空気の流入を防ごうとしました。この
考えは1970年代に最盛期を迎え、当時のルールとあいまってノーマル車の面影をとどめないほどのスゴイ形になってしまいました。
当時のエアロダイナミクスはいわば力技。空気と真っ正面から立ち向かっていた。
しかしそれでは、市販車に近い状態で戦うというツーリングカーレースの骨子からかけ離れてしまいます。そこで、ツーリングカーレースそのものが停滞ぎみだったこともあり、1980年代初頭にレースに出場できるマシンの車両規定を改めた際、ツーリングカーには空力部品に大きな制限が加えられ、より市販車に近い姿になりました。
それでは現在、“凸凹君”をどう処理しているのか。実は昔と逆なんです。凸凹は解消できないのだから、下面に空気が入ってしまうのには目をつぶるけど、早くそこから出ていってもらおう、というわけです。具体的には、空気の大元の入り口であるフロントスポイラーの形状を工夫して、下面を流れる空気の速度を上げるという方法を採ります。前回お話したフォーミュラカーのグラウンドエフェクト、スポイラーをアレと似た構造にして、空気の排出をうながします。サイドステップも、横から空気が出やすいよう形が工夫されています。空力パーツに大きな制限のあるスーパー耐久では、市販の段階でそれを意識して設計したエアロパーツを装着しています。
そして重要なのがリヤウイング&スポイラー。これらはダウンフォースを得るという第一目的もさることながら、マシン後方の空気の乱れを少なくするという役目もあるのです。乱れが減ると前から流れてきた空気が抜けやすくなる。狭い駅の改札口でも、ひとが流れやすいように適切な誘導があれば、混雑せずにすむのと同じと言ったらいいかな。ようするに、ウイングが空気流をキレイにしてくれれば、下面を流れる空気の出を加速させてくれるわけ。その効果はフロントにまで及び、リヤウイングがキチンと機能すれば、フロントのダウンフォースも増えるといううれしいオマケも!
そこいら中から空気を逃がすのが現代風。
空気の排出口をアレンジすることで、流れをある程度コントロールできる。
では、ウイングをつけるスペース、すなわちトランクのない2ボックス車はどうしたらいいか。この場合は、エアカットスポイラーと呼ばれる水平のフィンを、屋根の後端に取りつけます。2ボックス車は、屋根が終わるとストンとボディが終わっちゃいますね。これは空力的に非常に辛い。屋根を流れてきた空気がスムーズにうしろへ逃げず、リヤウインドウのところで大きな渦を巻いてしまうからです。ちなみに2ボックス車にはたいてい、リヤワイパーがついていますね。アレは豪華装備でもなんでもなく、渦によって強制的に運ばれる雨水がウインドウを汚してしまうために必需品なのです。で、その渦。とうぜん大きな抵抗となりますが、エアカットスポイラーは渦を細かく分断し、小さい渦にしてうしろへ流す効果があるんです。ホンダ車でいえば、シビック・タイプRについているのがソレです。あの程度の大きさだけど、効果はテキメン。レーシング
カーデザイナーの本音では、形を工夫すればもっと効果があるのにと考えてしまいますが、ルールであれ以上の大きさ、高さにはできないのだからやむを得ない。
たった一枚の板なのにこんなに変わる!
タイプRをお持ちのみなさん、スポイラー様に足を向けて寝られませんぞ!
最近、市販車でも大きなウイングやスポイラーをつけたクルマを多く見かけます。彼らの多くはスーパー耐久レースを視野に入れたヤツでして、ひとたびサーキットに放たれるや、エアロパーツの効果は絶大!まさに必需品です。それらのクルマをお持ちのアナタ、一度サーキットで走って、愛車の実力を再確認してみたらいかがでしょう。
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※この講座は1998年〜2000年まで、本田技研工業のホームページに連載されていたものを再編集したものです。
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