モータースポーツ塾


「空力の話」
第1回 空気抵抗って何?

僕は長年デザイナーをやっていて、空気ってヤツにずいぶんと苦労させられてきました。空力って何? と悩んでいるみなさんと、同じように頭をひねり続けてきたわけですが、おかげで今ではすっかり空気とお友達、とまではいかないまでも、うまい折り合いのつけかたが見えるようになりました。この講座では、そんな中から得た僕なりの答えとエアロダイナミクスに対する考えをお伝えしたいと思います。本格的にやるとなると数式やら何やら出てきてしまい、ブラウザーの「戻る」ボタンを押されちゃうので、イラストでできるだけわかりやすくするつもりです。出席も取りませんので、気楽におつきあいください。

さて第1回は基本をおさえましょう。高速で走るレーシングカーにとっていちばんの厄介者、空気抵抗の話です。

いきなり脱線しますが、みなさんはちょっと前の映画『アポロ13号』をご存知でしょうか? 宇宙船が故障してしまって地球に帰還できなくなるアクシデントを、最後の最後で回避するというストーリーでした。そのハイライトシーンが、空気のない宇宙空間から大気圏へ突入するところ。宇宙飛行士たちが手動操縦で突入を試みるのですが、その軌道計算がほんとうに微妙なんです。大気圏への突入角度が問題になる。その範囲は非常に狭くて、僅かでも深いと対気速度が落ちず猛烈な摩擦熱で火の玉と化し、真っ逆さま。かといって浅すぎると、大気に跳ね返されてしまう。そうなると、空気抵抗も重力もない世界ですからいっさい減速できず、銀河の彼方まで飛んでいくことになるのでした。日ごろ生活していて、「空気に跳ね返される」なんて経験ありませんよね? せいぜい強風であおられるくらいでしょう。でも音速を越えるスピードになると、空気は強大なぶ厚い壁となって立ちはだかるのです。



高速になると、空気は分厚い壁になる

たとえが長くなっちゃいましたが、レーシングカーの速度域でも、アポロほどではないにせよ、たいへんな空気の影響を受けます。どれくらいかと言うと……。

F1マシンが300km/hで走行している時に、いきなりアクセルを戻したとしましょう。するとブレーキを踏んだわけでもないのに、想像を絶する急減速が起きるんです。1G(Gravity=重力加速度)の減速です。普通の乗用車でどんなに激しい運転をし、胸にシートベルトの跡がついてしまいそうなほど思い切ってブレーキを踏んで急減速をしても、1Gを越 えることはありません。ジェット旅客機が離陸する際の加速でさえ0.2Gですから、一般の人が一生のうちにほとんど経験することのない世界と言っていいでしょう。失神してしまうかも。

アクセルを離した途端に発生するこの猛烈なGは、マシンが空気を切り裂いて走っていたことの証明です。アクセルを踏んでいる時には強烈なエンジンパワーで無理やり空気を押しのけているワケですが、アクセルオフしてそれがゼロになった瞬間、空気の壁に行く手を阻まれ、うしろから強く引っ張られるような状態になるのです。イラストにも書きましたが、ウェディングドレス。これを着て走っている時は(そんな場面にはまず出くわさないないですが)、脚力がドレスと地面の摩擦抵抗に勝っている。しかしスピードをゆるめると、ドレスの抵抗が優勢となり最後には力尽きてしまう。それのもっと強いヤツだと思えばいいかな。



空気の壁よりも、後方にできる空気の渦が、ホントにクセモノなんです

またまたたとえ話になりますが、アメリカで盛んに行なわれているエアレース。プロペラ機のエンジンを極限までチューンして飛び回るスゴイレースで、僕も見たことがあるんですが、エンジントラブルが起きるとあっという間に急降下、その場でリタイア。酷い場合は墜落です。極限まで空気抵抗を減らすべく翼を小型化し、エンジン推力の力でロケットよろしく突進しているから、つまりは無理やり浮いているというか飛んでいる。そういう状況ですから、エンジントラブルで推力が失われ速度が落ちたら、アッと言う間に揚力が減少し、飛行機としての機能がなくなってしまうんで。エンジンと空気とのせめぎあいを示すひとつの例です。

ついでにもうひとつ。長距離トラックの運転席の屋根の上に、レーシングカーのウイングみたいな大きなカバーがついているのをご覧になったことがあるでしょう。あれは、エアデフレクターと呼ぶのですが、運転席と、その後ろのコンテナ間の段差で発生する空気抵抗を減らすための部品なのです。これが相当の効果をもたらすものなのです。100km/h巡 航で燃費が5〜8%も向上します。抵抗が減るからエンジンへの負担が少なくなる。するとアクセルを余計に踏まなくてすみ、燃費に貢献するわけです。速度はレーシングカーに及ぶべくもありませんが、トラックは図体がデカイ分、遅いスピードでも空気の影響を受けやすいんです。



エアデフレクター付きは燃費が5〜8%向上する

レースで前のクルマにぴったりとついていき、一気に抜き去るテクニックをスリップストリームといいますが、これも空気の力を利用したものです。前車がかきわけた空気の中を走ることで自車の空気抵抗を減らす。するとアクセルに余裕ができ、「抜くぞ!」という時にもうひと踏みできるのです。

空気はこんなにも扱いづらい存在なんですね。だからといっていつまでも邪魔者あつかいしたところで、真空状態の地球の外でレースをやるわけにはいかないから、なんとか空気と折り合いをつけなければならない。そうやって先達たちが頭をひねった末、登場したのがダウンフォースという考えです。手強い敵ならいっそ味方につけてしまえ、というわけです。

次回はこのダウンフォースについてお話しします。現代のレーシングカーの空力を語るうえで最も重要なテーマですので、実際にみなさんに実験してもらいましょう。用意するものはスプーン2本。お楽しみに!



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※この講座は1998年〜2000年まで、本田技研工業のホームページに連載されていたものを再編集したものです。


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