ゆらたくヒストリー


店長のくるまヘン歴
第4話「コルチナ・ポンタス」
フォード・コルチナGT

ネガキャン仕様のコンテッサに次いで手に入れたのが、少しヤレたコルチナGTだ。
「ヤレた」というのはオーナーであった僕だからそう表現するのであって、周りから見たら、ただのポンコツでしかなかったんだろうね。

当然これもツルシで乗っているはずもなく、入手後すぐにサイドモールを取り払い、そこを萌黄(もえぎ)色にペイント、フロントバンパーは二分割に、どこからか探してきたロータスのエンブレムを取り付け「コルチナ・ロータス」風にキメてみた。とりあえずこれで、雰囲気だけでも盛り上げよう、てな感じでね。(でもこのクルマ4ドアだったんだよね!)

それでまぁ、本人としては「おぉ、なかなかじゃん!」とひとり悦に入っていたんだけれど、あまりにもクルマがポンコツだったもんだから、これを見た周りのみんなが、いつしかコイツのことを「コルチナ・ポンタス」と呼ぶようになってしまった。なんともトホホな愛称だけど、実際そのとおりだったからなぁ……。


そんな「コルチナ・ポンタス」だけど、このクルマが最終的には凄いことになっていた、という事実を知る人はあまりいないんだよね。

当時F3で活躍していた矢吹圭造さんが、あるときホンダランドが放出したブラバムのF3を購入し、そのエンジンをホンダのS800に積み替えたんだよ。そこで、元々搭載されていたコスワース・ユニットがいらなくなったというので、ラッキーなことにそのエンジンが我がポンタスのシャシーに載ることになったんだ。ロータス・ツインカムどころか、いきなりコスワースのレーシング・ユニットだからね。きれいなフィンの切ってあるロッカーカバーの脇には、当時のF3レギュレーションに合わせて片側だけ鉄板でふさいだダウンドラフトのウェーバーもついていたという、なかなか立派なものだったんだよ。

ちょっと見づらいけど、後ろに見えるのが、当時乗っていたコルチナ・ポンタス

これで勢いづいた由良クンは、当時のハイグリップ・タイヤ「ダンロップ・マークIII」をスチールワイドホイルに履かせたりして、喜んでいたんだよ。

というわけで、「ヤギの皮を被った狸」だった「コルチナ・ポンタス」も最後は立派な「羊の皮を被った狼」へと変身したのでありました。


フォード・コルチナ Ford Cortina(1962〜1970)
1956年の冬のオリンピックが開催されたイタリアのリゾート地「Cortina di Ampezzo」にちなんで名付けられた。「DRIVE LIKE FUN! SAVES LIKE CRAZY!」をうたい文句に走りの楽しさが強調され、GT、Lotus-Cortinaなどのスポーティモデルがラインナップされた。1966年にはマークIからマークIIへと進化し排気量も1600ccにアップ。ラリー、レースなどモータースポーツでも目覚しい活躍をした。



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