「ノバ01」は75年まで、トヨタ、ホンダ、日産エンジンを積んで戦った。75年にはホンダの高武選手がシリーズ2位になったけど、この頃になると、マーチ(733,743,753)や、アルマジロと呼ばれたアルピーヌA364など海外F3マシンの台頭が激しくて、国産マシンは厳しい戦いを強いられていった。
そんな中、ノバは76年からアルミモノコックの「ノバ513」で巻き返しを図ったんだ。このマシンは宮坂宏さんの設計。最近はチーム郷とともにルマンを戦ったりしている名エ
ンジニアだよ。ところで、この「513」というコード、実は昭和51年作のFJ1300(F3)という意味だったんだよ。これは携わった人しか知らないんじゃないかな。レーシングマシンに昭和の元号が使われてるなんて、ちょっとおかしいでしょ。
この「ノバ513」は、77年のシリーズで中嶋クンが全戦ポール・トゥ・ウィンという偉業を成し遂げた。これは有名だよね。ほんとこの年は勢いがあって向かうところ敵なしだ
った。この好成績に気を良くした当時のノバの社長(山梨さん)は、78年に海外レースチャレンジを決行した。FJ1300はちょっと改造するだけでF3に変身させることができたからね。もちろん、ドライバーは中嶋悟。エンジンはホンダから海外で実績のあったトヨタに換装したけど、国内最強のパッケージを引っさげて本場イギリスで一旗揚げようと目論んだんだ。国内ではマーチをかる〜く蹴散らしたんだから、海外でも勝てる……そう考えたんだろうね。
|