GC-21スポーツカー

第1回 グラチャンが帰ってくる!

みなすゎ〜ん、グラチャンが現代に蘇りま〜す! もう、GC-21スポーツカーレースのリリースは読みましたか? ボクと同じ70年代をよく知るおじさん連中は、もう眠れないほどワクワクしてるだろうし、当時を知らない若い世代の人は、どんなレースになるんだろうと興味津々でしょ!? いろいろな成り行きで、ムーンクラフトが新生GCの開発を受けることになりました。そこで、ここゆらたく工房を通じて、製作現場の裏話を紹介しちゃおうというわけです。

きっかけとなった熊倉さんのコラム。表紙がムンクラ号というのも何かの縁?((株)三栄書房 オートスポーツ 2001年6月14日号より転載)

このGC-21がはじまるきっかけとなったのは、昨年の6月14日号の『オートスポーツ』。週刊化になった第1号で、偶然にもボクと道上が表紙を飾っているんだけど、ベテランジャーナリストの熊倉重春さんが執筆する「〜モータースポーツ現場検証〜“クマさんは見た!”」という連載コラムの中で「往年の名レースである富士グラチャンを旧型F3シャーシを使って復活させたらどうだろう?」という提案がされたんだ。レギュレーションが変わったために、余ってしまったF3シャーシを使おうというわけです。

このコラムを読んだ富士スピードウェイの関係者から「由良さん、この記事の内容は実現できるでしょうか?」という電話をいただいて、ボクもGC世代のおじさんだからワクワクしながら「旧F3のシャーシなら間違いなくできますよ」と大興奮! これが2001年の6月末頃の話なのですが、一度詳しく話をしたいということになり、7月頭には富士スピードウェイ関係者と打ち合わせがありました。

これが当初のGC-21のイラスト。発表されたものよりちょっと丸っこいかな。

会議では、レースは2002年7月くらいから開催したいということになり、時間にあまり余裕がありません。最初の立ち上がりで誰かが協力しないとできるもんもできあがらない。そこで、昔とった杵柄もありここで一肌脱ぎましょう、とムーンクラフトが新GCカーの製作を引き受けたんです。

というのも、レースにとって最初の関門はレース規則、いわゆるレギュレーションを作るところにあるんです。これはリブレといって、今あるF1、F3、F3000などの規格から外れたクルマを指すのですが、いかにレギュレーションを構築してあげるかで、そのレースが盛んになるかならないかが決まってしまうところがあるんだよね。そこで、叩き台になるクルマをつくって、レギュレーションを構築しようというわけです。

これも当初案で描いた透視図。F3シャーシに被せた感じがよくわかるでしょ?

リリースではムーンクラフトのワンメイクボディとありますが、ボク個人の考えではワンメイクというより、ムーンクラフトのボディがありますよ、ぐらいの気持ちなんです。ワンメイクレースというのはどこも触っちゃいけなくて、買って来たクルマをそのまま一切触れずに許される範囲の中でセッティングをしながらやることだと思うんだヨ。だけどGCっていうのは、みんなが思い思いの創意工夫をしながら、自分はこーなんだあーなんだといいながら、レギュレーションの範囲でクルマを個性的に仕上げていくことも面白さの一つだったんだ。1970年代の日本で、まだモータースポーツ技術が発展途上であり熱狂の頂点であったGCの、ハチャメチャなおもしろさのゆえんは、ここにもあったんじゃないかなぁ。

さて、7月に最初の会議が行われたわけですが、実際に富士スピードウェイがGOサインを出したのは今年の2月の話。開幕まで5ヶ月を切っていることもあり、ボクをはじめムンクラのスタッフ一同、バタバタと開発を進めていくことになります。

では、この続きは次回。お楽しみに!


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