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由良拓也プロフィール

由良拓也(ゆら たくや)
レーシングカーデザイナー/乗り物創造作家
1951年東京生まれ

高校時代からレーシングカー製作の世界に入り、1972年フリーでレーシングカーのデザインを始める。「彼には空気が見える」と言われるほど、その作品はエアロダイナミクスの完成度が高いという評価を受ける。
現在はムーンクラフトの代表として、国内外の自動車用パーツのデザインをはじめとして、テレビゲームのマシンキャラクターデザイン、モーターショー出展車制作、ヨット、モーターボート、ステーショナリーなどのディベロップメントを行なう。
1975 自ら主宰するレーシングカー製作会社「ムーンクラフト」を設立。様々なレーシングカーの開発に携わる。
1983 この年にデザインしたマツダ717-Cが、フランスのルマン24時間レースで日本車初のクラス優勝を獲得する。
1984 ネスカフェゴールドブレンドの17代目「違いのわかる男」としてテレビCMに出演。
 
1986 レーシングチームを結成し、富士グランドチャンピオン(GC)レースに参戦。チャンピオンを獲得。
1988 オリジナルF3000マシンMC-030を開発、発表。
レーシングチームは全日本F3000シリーズにおいてシリーズチャンピオンを獲得。ヨーロッパF3000シリーズにも3戦出場する。
1989 全日本F3000シリーズに参戦するとともに、ヨーロッパF3000シリーズへ国内コンストラクターチームとして、初めて全戦出場する。
1991 昭栄化工の四輪レース用ヘルメットX−4をデザイン。翌年よりアイルトン・セナを始めとするF1ドライバーが使用。
自動車雑誌「CARGRAPHIC」「Daytona」にコラム連載が始まる。
1992 オリジナルF3000マシン「MC-060」を発表。デザインを担当したスーパースポーツカー「ヤマハOX99-11」が発表される。
「CARGRAPHIC」誌にコラムにイギリスのミニをベースにしたレジャービークル「モーク」を改造したスポーツカー「モークスポーツ」を発表する。通産省が選定する「Gマーク」 選定委員に選ばれる。
1993 「モークスポーツ」がワンメイク用車両として実現。筑波サーキットで行われたシリーズ戦に自身もドライバーとして参加。シリーズ3位の好成績を収 める。
全日本ツーリングカー選手権(デビジョン3)において、チーム監督として手腕をふるい、ホンダシビックでチャンピオンを獲得する。
1994 「CARGRAPHIC」誌に連載されていたコラムをまとめた本「由良拓也のらくがき帖」が二玄社より出版される。その中で提案されている「モークスポーツ バージョン」がL&Tアソシエイツの協力を得て公道用スポーツカーとして実現。他にも数多くのエアロパーツを手がける。
1995 東京オートサロンにて開かれた「東京カスタムカーコンテスト'95」においてエアロパーツをデザインしたシボレーカマロがドレスアップ部門で優秀賞 を受賞。
1996 チーム監督として全日本ツーリングカー選手権に出場。シリーズチャンピオンを獲得する。
1998 チーム監督として全日本選手権フォーミュラ・ニッポンに出場。
1999 チーム監督として全日本選手権フォーミュラ・ニッポンに出場。不利と言われたローラで孤軍奮闘。オリジナルボディを開発しトップを走らせる離れ業 を演じる。
2000 チーム監督として全日本選手権フォーミュラ・ニッポンに出場。
2001 チーム監督として全日本選手権フォーミュラ・ニッポン、全日本GT選手権に出場。AUTOSPORT誌に「監督日記」を連載。
2002 チーム監督として全日本選手権フォーミュラ・ニッポン、全日本GT選手権に出場。
ゆらたく屋ブランドでデザインしたホットロッド・セレナが、東京オートサロン・カスタムカーコンテストのミニバン部門で優秀賞を受賞。
2003 チーム監督として全日本GT選手権&スーパー耐久シリーズに出場。
ゆらたく屋として製作した6輪ハイブリッドカー6×4.com(シックス・バイ・フォー)が東京国際カスタムカーコンテストでグランプリを受賞。
 
2004 チーム監督として全日本GT選手権出場。
デザインを手がけた時計「SEIKO PROSPEX 由良モデル」が発売される。
 
2005 自らのレース活動をいったん休止し、ニュー紫電の開発に着手。また、ムーンクラフトの新規事業としてレストアやエンタテーメント施設の乗り物の開発にも力を入れる。TV東京「ソロモンの王宮」に出演。
2006 ニュー紫電を走らせるベルノ東海レーシングチームチームスーパーバイザー、スーパーGTオフィシャルTV解説者としてサーキットに通う。 
 
2007 5年ぶりに監督(INGINGモータースポーツ)としてフォーミュラ・ニッポンに復帰。第4戦の岡山大会で念願の初優勝。スーパーGTでは、 ベルノ東海RTチームスーパーバイザー、オフィシャルTV解説を務める。自らK4-GPに出場するために子紫電を製作。 
2008 スーパーGTでスーパーバイザーを務めるホンダカーズ東海RTチームとともに、クラージュLC70無限でルマン24時間レースにチーム監督としてチャレンジ。K4-GP用に更に本格的なマシン、子紫電Rを製作。また、空力で燃費向上を目指した「AEROPRIUS YURASTYLE」を製作。
 
2009
「PRIUS YURASTYLE」がヨコハマのエコタイヤ装着車として上海モーターショーに展示される。6月には「AEROPRIUS YURASTYLE」で東京〜鹿児島〜熊本間、燃費チャレンジを敢行。走行距離1,677kmを無給油で走破。
 
2010
キングジム社のデジタルメモ「pomera DM20Y」をデザイン。由良拓也スペシャルモデルとして全国発売。新型プリウス用「AEROPRIUS YURASTYLE neo」を発表。再度無給油燃費チャレンジを敢行。悪条件のなか1,638kmを走破。
 



現在
・ムーンクラフト株式会社 代表取締役
・ホンダカーズ東海レーシングチーム 「ドリーム28」スーパーバイザー
・日本自動車レース工業会(JMIA)理事
・日本工学院 特別顧問 北海道専門学校 非常勤講師
・スーパーGT オフィシャルTV解説者


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