ムーンクラフト製造部の岸正彦です。
今回は、カーボン製MIDIハープギター「Orpheus(オルフェス)」を紹介します。
❝出典:Player 誌 Photo by TOMUJI OHTANI❞
見ての通り好き勝手に作ったアートで、ギターにハープを付け、アクティブピックアップの出力とMIDI出力を備えたカーボン製の作品です。
このギターは友人のギタリスト、滝口 徹(とおる)に頼まれて作ったもので、彼が「NYに修行に行く!」と言い出した時に最初は彼が所有しているギター(スタインバーガー)にハープを付けて欲しいと頼まれました。
ティム・ドナヒュー氏のようなハープギターが欲しかったのです。
話を詰めていくうちに、じゃあ丸ごとカーボンで作ろうかとなり、完成したらNYに持って行く約束をしました。
簡単なデザイン画を描き二人で眺めた時に「NYのエンパイアステイトビルの上に黒い翼のある人が摩天楼を見下ろしながら弾いてるイメージだな」と二人同じ感想を持ちました。
私が作るものはシュッとエッジが通って有機的でカーボンは黒なので自然にダークサイドアイテムになるようです。
この時間がとても楽しい、宝物のようなひと時です。
初めて買ったパソコンと格闘しながらCADで平面図を描き設計しました。
この時点で作り方を決めます。
どうやったらこのカタチが作れるか、作れる構造にするにはどう設計すればいいか、この両方向から攻めていきます。
ここ、とても大事なところです。
カーボンには向かない構造、カーボンが生きる構造がそれぞれあります。
人と同じで良いところを伸ばす方向だといいものができます。
その逆は…推して知るべし。
現場の人間なのでより簡単にできる方法も選べます。
その場で考えつくこともあります。
プロジェクトを通して最大の効果を得る、作り手に都合のいい手段でやりたいようにやる。
完成品だけでなく、作る工程もアートなのです。
カタチを決める工程は楽しいですね、この時点で頭の中では完成しています。
脳内で弦を弾く感触まで想像できてから作り始めます。
ギターを作るのは初めてでしたが木材での作り方は概ね勉強していたのでそれをどうカーボンに置き換えるか、足りない知識をどこで得るか、Webが発達していない時代だったので御茶ノ水の楽器街に通いました。秋葉原にも。
加工の第一歩は木の板を買ってきて重ねて固まりを作り、図面を貼り付けてギターの形に切ります。
それを削り込んでいって作りたいものと同じ形のものを作ります、これをマスターモデルといいます。
この時に細かい部分の形も決めていきます。
この時間がまた楽しい。とても楽しい。
マスターモデルが完成したら型を取ります。
エポキシ樹脂とガラス繊維、カーボン繊維を使って雌型を取ります。
型が出来たらカーボンプリプレグを貼り込み成形します。
製品が焼けたら仕上げて上下を接着して部品を組み込んで完成。
と、書くと簡単ですが実際は5年かかっています。
会社の仕事ではとても実現できないような手間暇をかけ、壁を乗り越え勉強し続けた5年間でした。
上記の工程は一般的なカーボン成形と同じなのでここでは印象的だったエピソードを思い出してみます。
とにかく初めてのギター製作だったのでギター業界の常識をどうやってカーボンに落とし込むか、どこを目指すべきなのか、すべてのギター業界の方々が先生に見えました。
最大に未知の部分が指板、弦を押さえる部分です、
調子に乗って指板もカーボンにしてしまったのでフレット溝が木製のようにノコギリで切れません。
ダイヤモンドのディスクで加工できるような工具を作ってフライス盤に取り付けて加工しました。
さて、ここも大事。
目的の加工をするための工具も作れるか、それを見据えた設計ができるかで製作できるものの自由度が変わります。
それらを一人で完結できるのも私の強みです。
指板には貝殻が埋め込んであります。
これをインレイというのですが、運のいいことにインレイのエキスパート、ラリー・ロビンソン氏のビデオ(VHS)が売っていたのでそれを参考にできました。
氏は自作した道具を使っており、それらを自分用にアレンジして道具を作りました。
貝殻を切る鋸刃がいいのが見つからず苦労しました。今なら通販でポチできますね、いい時代です。
オリジナルで何かを作るときについて回ることなのですが、何かにつけて専用品を作る必要が出てくるものです。
ギターにつく部品はなるべく汎用品をポン付けするつもりでいましたが、結局かなりの部品を自作し、ブリッジのベースプレートすらステンレスを削り出すことになりました。
実はこのギター、最初はMIDI対応ではありませんでしたが途中でオーナーが「MIDIコントローラー付けたい」と言い出したのでそこから勉強しました。
ただでさえ小さいボディにそんなスペースがあるのか?
基盤を改造したりピックアップを改造したりでやりがいのある工程でした。
やっと弦を張れるようになって気づいたのは…
音がビビる…。
ネック、指板をかなり精度よくまっすぐに仕上げたのですが、ギターの指板って実はちょっと反ってるんですよ、振動する弦の形(細長ーい紡錘形)に。
そんな事も知りませんでした。
このあたりでどれほど素人が頑張って作っていたのかわかっていただけるかと思います。
で、泣く泣くフレットを全て抜き指板を削って反りを表現してフレットを打ち直しました。
まさか完成前にリフレットを学ぶとは…。いい勉強になりました。
カタチがちょっと個性的だと汎用ケースだと入りません。
専用ケースを作るのはあまりにも大変なので考えて探してベース用のセミハードケースを改造しました。
干渉部分を切り、カーボンでバルジを付けてなんとかなりました。
ハイブリッドな外観も悪くない。
さあ完成。
せっかくだからとギター専門誌に写真を送ってみたところ、プレイヤー誌に取材していただけることになりました。
編集長様からメールが来た時はうれしかったなあ。
プレイヤー誌はたまにギターのDIY記事があり高校生くらいからよく読んでいました。
ギタリストをはじめ世界中のミュージシャンが載る専門誌で7ページも使っていただけたのです。
❝出典:Player 誌❞
世界的なミュージシャン達の名が並ぶ表紙に自分のギターの名前もある…。
❝出典:Player 誌❞
アマチュアがプロの領域に一歩踏み入れさせていただいた瞬間でした。
取材後パスポートを取り、始めての海外旅行はNY一人旅。緊張しましたね。
911テロの影響がまだある頃で、いたるところのチェックが厳しい。
こんなカタチのものが武器と勘違いされないか心配しましたが、楽器に関してはとても気を遣っていただけて機内ではビジネスクラスのクローゼットに入れてもらえました。
JFK空港を出るとそこはもうアメリカ、イエローキャブを見て乗った時は感動しました。
ほんとうにアメリカに来たんだ、と。
自分が子供のころはアメリカはまだ遠い場所で、そんな時代を育ってきました。
自力で来られる日が来るとは。
そして友人と二人でエンパイアステイトビルを見た時の感動、俺達はこれを見るためにギターを作ったんだとさえ思えました。
その友人のアパートで撮った写真も記事に加えていただき、大切な一冊になりました。
この取材の時にルシアー(弦楽器製作家)という言葉を知りました。
出発は門外漢でも素人でも続けているうちにルシアーと呼ばれるようになるものなのですね。
30代の前半を費やした、自分の作品では今のところ一番の大物で、魂を削って作ったからか作った本人でも対峙すると緊張感が高まる一本です。
興味のある方は、「Player」誌 2006年 5月号を探して読んでみてください。
「Player」誌 公式ホームページ – 「Player On-Line」