納得できる「オーバーステアとアンダーステア」

ハンドリング・ダイナミクスとは自動車の横方向の動きを扱う力学であり、その中でも「オーバーステア」と「アンダーステア」は自動車のハンドリング特性を表す言葉です。今回のブログでは、自動車に働いている外力を考え、これらの特性がもたらす限界走行時の自動車の挙動を可能な限りわかりやすく説明したいと思います。予備知識は不要ですので、ぜひ多くの人に読んで頂けたらと思います。
 
 

1. ニュートンの運動法則


ニュートンの第2法則(式1)は、「物体に作用する外力の総和F」と「物体の加速度a」の関係を表しています。例えば、静止する物体に外から押す力が働くと、物体は外力の方向に加速し、移動を始めます。また、静止する物体に2つ以上の外力が働いても、それらのつり合いが取れて総和が0であれば、物体は静止したままとなります。

式1: ニュートンの第2法則


ニュートンの第2法則から導かれる式で、「外力」と「物体の回転加速度」の関係を表したものが式2になります。Iは物体の慣性モーメントと呼ばれ、物体の質量と、質量の重心からの距離の分布によって決まる値です。Mは物体に作用する外力がつくる、重心を基準としたモーメントの総和で、αは物体の重心を基準とした回転加速度です。

式2: ニュートンの第2法則 (回転)


式2は式1と非常に似た構成となっています。例えば、物体に働く外力のモーメントのつり合いが取れて総和が0であれば、その物体の回転速度は加減速をせず、一定のまま保たれます。また、モーメントのつり合いが取れていない場合は、それぞれ打ち消し合った残りのモーメントが物体の回転速度を増加させます(図1)。

図1: つり合っていない外力により、重心を軸に回転する物体


この外力モーメントのつり合いと物体の回転の考え方は後のオーバーステア/アンダーステアの話に関わってきます。よって、直感的に理解できるように、例を一つ挙げますので、お手元で試してみてください。
 
まず、平らな机にペンを置きます。そして、
 

(a) このペンの中央付近にある重心の位置を横から手で押すと、ペンは回転しません。

 
これは、重心基準の外力モーメントが0であり、回転速度が0のまま保たれるからです。
 

(b) 重心以外の位置の1点でペンを横から押すと、ペンは回転します。

 
これは、重心基準の外力モーメントが0でなく、回転加速するからです。
 

(c) 重心以外の位置の2点でペンを横から押す。力の加減をし、これら2点の外力のつり合いがとれるとペンは回転しません。また、2点の外力のつり合いがとれていないと、ペンは回転します。

 
これは、重心基準の外力モーメントがつり合うと回転速度が保たれ、重心基準の外力モーメントがつり合っていないと回転加速するからです。
 
いかがでしょうか、(a)~(c)を一通り試すと、理解が深められたでしょうか。


図2(a) : ペンは回転しない


図2(b) : ペンは回転する


図2(c-1) : 力のつり合いがとれると
ペンは回転しない


図2(c-2) : 力のつり合いがとれていないと
ペンは回転する

 
 
 

2. 向心力

図3: 向心力により回転運動をするボール


次に、一定の半径の円を描いて等速で移動している、糸がつけられたボールを考えます。このボールが円を描いて移動するのは、向心力と呼ばれる円の中心向きの外力をボールが糸から受けているからです。この向心力はボールの移動に応じて、常に円の中心を向くように方向を変えています。さて、このボールの動き方を先程のニュートンの第2法則に照らし合わせて考えると、この向心力がボールを円の中心方向に絶えず加速させることによって、ボールは直線運動の代わりに円運動をしていることになります。ボールの質量をm、速度をv、円の半径をrとすると向心力Fcの大きさは

式3: 向心力


となります。
いよいよ、自動車の動き方に話を移したいと思います。先ほどのボールと同じく、一定の半径を持つ円の形をした道路を一定速度で走行する自動車を考えます。この自動車にはどのような外力が働いているでしょうか。

図4: 円形道路を走行する車


実は自動車もボールも基本的な考え方は同じです。この円形道路を走る自動車には、先ほどのボールと同様に向心力が働いています。車の場合は、4本のタイヤが分担してこの向心力を生みだしています(図5)。

図5: 円形道路を走行する車に働く外力


図中では簡略化のために、前輪と後輪それぞれで左右のタイヤが生じる向心力を一つの矢印で表しています。さて、前後輪での向心力のバランスはどうなっているでしょうか。自動車の回転角度に注目すると、この自動車は一周で360°の回転運動をしています。そして、一定速度で円形道路を走行するので、この自動車の回転運動も一定の回転速度で起きていることがわかります。このことを先程のニュートンの第2法則と組み合わせると、前輪と後輪の向心力は重心基準のモーメントのつり合いがとれていることがわかります(図6)。このモーメントのつり合いは式で表すと

式4: 円形道路を走行する車の向心力のつり合い


となります。

図6: 前輪と後輪の向心力のつり合い


 
 
 

3. タイヤのコーナリングフォース


ここで一旦、タイヤのコーナリングフォース(旋回力)の話をします。タイヤのコーナリングフォースとはタイヤの横方向に生じる力のことで、自動車の旋回に深く関わっています。図にあるように、タイヤの中心線(タイヤ正面の方向)とタイヤの移動方向が異なる場合、タイヤと路面の接地面(コンタクトパッチ)でタイヤの横方向へのゴムの変形が起こり、コーナリングフォースが生まれます(図7)。また、このタイヤの中心線とタイヤの移動方向の作る角度はスリップアングルと呼ばれています。なお、図中では図示説明のために、スリップアングルは実際よりも大きく描かれています。

図7: スリップアングルとコーナリングフォース


先ほどの円形道路を走る車の例に戻ると、自動車が円を描いて走るのに必要な向心力は、主にタイヤのコーナリングフォースによって生じています。よって、前輪と後輪の両方でそれぞれスリップアングルが生じていることになります。前輪はドライバーがステアリング操作によって角度を変えることができるので、前輪でのスリップアングルの発生はイメージしやすいと思いますが、直感的にわかりづらいのが、ステアリング機構を持たない後輪でのスリップアングルの発生です。この後輪でのスリップアングルの発生は、円形道路の走行中に、自動車の正面方向が自動車の速度方向とわずかに異なる角度を成して走っているからです。このことにより、通常、車両の正面方向を向いている後輪でもタイヤの正面の方向とタイヤの移動方向が異なり、スリップアングルが生じているというしくみです。

図8: 市販車用タイヤのコーナリングフォース


図8はある市販車用タイヤのコーナリングフォースの大きさを示したものです。横軸はスリップアングル、縦軸はコーナリングフォースの大きさです。色の異なる3本の曲線は、タイヤの垂直荷重を変化させたときのコーナリングフォースの値を示しています。このグラフからスリップアングルを0度から増加させたときのコーナリングフォースの変化は以下のようになることがわかります:
 

(1)スリップアングルが小さいうちは、スリップアングルの増加に応じてコーナリングフォースも増加します。

 

(2)次第にスリップアングルを増加させたときの、コーナリングフォースの増分の割合が減っていきます。

 

(3)コーナリングフォースが最大値を迎え、スリップアングルを更に増加させてもコーナリングフォースは減少します。

 
この(3)の状態を「タイヤが限界を迎えた」と表現することができます。また、グラフからもう一点わかることは、タイヤの垂直荷重がコーナリングフォースに大きく影響を与えることです。タイヤの垂直荷重はダウンフォースと呼ばれることもあり、ダウンフォースが大きいとコーナリングフォースの最大値が大きくなり、「タイヤの限界が高い」と表現する事ができます。
 
 
 

4. オーバーステアとアンダーステア


いよいよ自動車のハンドリング特性、オーバーステアとアンダーステアの説明に入ります。再び、円形道路を走る車の例に戻り、車が以前よりも速い速度vで同じ円形道路を一定速度で走行するとします。このとき、以前と同じ半径rの円形道路を走るのに必要な向心力Fcは式3から、以前より増加することがわかります。よってドライバーはステアリングを調節し、より大きなコーナリングフォースを発生させます。

式3: 向心力(再掲)


この操作を繰り返し、徐々により速い速度で同じ円形道路を走行させることにします。すると速度の増加に応じて、段々大きな向心力、そしてコーナリングフォースが必要になります。このとき、前輪と後輪の向心力は以前と同じく重心基準のモーメントのつり合いを保ったまま増加することになります。しかしながら、前述の通り、タイヤの発生できるコーナリングフォースには限界があり、通常、前輪と後輪のいずれかが先に限界を迎えることになります。限界を迎えたタイヤはコーナリングフォースをより増やす余地がなく、限界を迎えた時点でそれ以上速く走行すると、同じ半径の円を保って走るのに必要な向心力を発生できなくなります。このとき、前輪と後輪のどちらが先に限界を迎えるが自動車の限界コーナリング走行時の挙動を大きく左右します。
 
・前輪が先に限界を迎える → 「アンダーステア」(安定)
 
・後輪が先に限界を迎える → 「オーバーステア」(不安定)


アンダーステア


オーバーステア

図9: 限界コーナリング走行時のアンダーステアとオーバーステア


図9では、自動車は左方向に曲がっている状態です。前輪が先に限界を迎えるアンダーステアの場合、前輪の向心力の減少を受け、車の重心基準の外力モーメントはつり合わず、図中では時計回りのモーメントが残ります。よってニュートンの第2法則より、車は正面をコーナーの外方向に向けることになり、車の進路もコーナーの外方向にそれたものになります。この時計回りのモーメントは、自動車の回転方向(旋回方向)と逆方向に働いていて、後輪のスリップアングルが減少するように、つまり、後輪の向心力を減少させ、前後の向心力のつり合いを取り戻すように働きます。このためアンダーステアでは、想定の進路を外れることにはなりますが、前後のバランスはとれ、安定していると言うことができます(図10)。
 
後輪が先に限界を迎えるオーバーステアの場合、後輪の向心力の減少を受け、図中では反時計周りのモーメントが残ります。よって車は正面をコーナーの内方向に向けます。この反時計周りのモーメントは後輪のスリップアングルが更に増加するように働きます。後輪のタイヤはすでに限界を迎えているので、スリップアングルを更に増加させても、後輪のコーナリングフォースは減少します。よって、反時計回りのモーメントは増加し、前後の向心力の不釣り合いが増幅されます。この時、ドライバーが反応しなければ、車はコーナーの内側に向けてスピンしてコントロールを失います(図10)。このため、オーバーステアは不安定と言うことができます。スピンを避けるためには、ドライバーは前輪のステアアングルを減らし、時には更にコーナーの外側に向けてステアリングを切ることによって自動車の重心基準のモーメントを制御する必要があります。


アンダーステア


オーバーステア

図10: 限界コーナリング走行時の進路


さて、以上が本投稿でのオーバーステア/アンダーステア特性がもたらす限界走行時の自動車の挙動の説明になります。今回は、コーナリング走行中に前輪か後輪のいずれかが限界を迎えるときの自動車の挙動を扱いましたが、実はオーバーステア/アンダーステアという言葉はタイヤが限界の範囲内にあるときのハンドリング特性も表します。詳しい説明は割愛させていただきますが、オーバーステア/アンダーステアの車の特性を下記に記します。
 
・「アンダーステア」 → より速い速度で同じ半径の円を走行するためには、ステアリング角度を増加させる必要がある
 
・「オーバーステア」 → より速い速度で同じ半径の円を走行するためには、ステアリング角度を減少させる必要がある
 
 
 

おわりに


オーバーステアとアンダーステアについて、理解を深めることができたでしょうか。先ほどの例から、自動車の前輪と後輪での向心力のバランスはコーナリング走行時の挙動に大きく影響を与えていることもおわかりいただけたかと思います。この向心力のバランスの考え方を基礎として、興味のある方は自動車の前後セットアップバランス(タイヤ、サスペンション、エアロ…)、駆動方式(前輪駆動、後輪駆動)や荷重移動が自動車のハンドリング特性にどのような影響を与えるかについて調べてみてください。

ムーンクラフト(株)
開発部

 
 

5. 参考文献


[1] Seward, Race Car Design, 2014.
[2] Bakker et al. Tyre Modelling for Use in Vehicle Dynamics Studies, 1987.
[3] Milliken and Milliken, Race Car Vehicle Dynamics, 1995.
 
 
 
 

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