店長の気になるクルマ試乗記
第9回 フィアット・ムルティプラ (Fiat Multipla)

さて皆さん、ここはどこでしょう?(ヒント・東京都内だよ)  
まず全体的な印象としては、何よりも特異というか意表をついたスタイリングに驚かされるよね。そして、クルマ自体のカタチもそうだけど、もっとビックリさせられるのは、これがフィアットから実際に販売されているということだよ。例えば、トヨタはこういうマルチパーパス・ビークルというジャンルのクルマを、(ちょっと大げさだけど)星の数ほど出しているから、この前乗ったサイファみたいなクルマが存在できるというのはわかるんだ。

でも、フィアットの場合、このムルティプラはかなり会社の根幹を成しているクルマの1台だと思うんだよね。もちろん商用車としてのデリバンのような車種はフィアットの中にもあるんだけど、このクルマはそれなりに数を売らなきゃいけないはずなんだ。ヨーロッパのメーカーは、日本みたいに「ディーラーのための数増やし」的な車作りはしていないからね。そう考えると、フィアットがこのムルティプラのスタイリングにかける真剣さは、サイファに比べるとケタ違いだよ。サイファは一言でいえば「キワモノ」なんだよね。荷物がいっぱい積めるわけじゃないし、人がたくさん乗れるわけでもない。ただ変わった格好をしているワケでしょ。でもこのクルマは、6人がちゃんと乗れて、スペースユーティリティをきちっと計算して、マルチパーパスな使い方もできるようにして……ということをしっかり考えて作られている。

【左】車検マークとルームミラーがセンターにないのがわかる。ワンボックスなどのフロント3列シート採用のクルマの場合、後方を見ようとすると、中央に座ったやつのツラばっかり見えちゃうんだよ。それをちゃんと考えて、やや右にオフセットして付けてあるのは、良くできてるなと思う。6個 並んだランプ類は、一番上がハイビーム、真ん中がロービーム、下がフォグランプという組み合わせ。違う場所に配置されたそれぞれのランプが、単一の機能を持っているというのも面白いよね。通常ならボンネットの先端に付くカンパニーアイデンティティ・マークが、アッパー・キャビンのハイビーム用ランプの中央に付いているのも、このクルマならではの手法だね。「レレレのおじさん」の耳に良く似たサイドミラーも特徴的だ。全体に丸く見えるこのクルマも、こうしてみるといかにスクエアなのかがわかる。
【右】サイドウィンドウは全部下がりきらない。これでいっぱいです。いかにウィンドウが上いっぱいまであるかが良くわかるよね。それから基本的に、前も後ろも、オーバーハングはかなり小さいんだよ。

それだけ考えられた上で、このモダンなスタイリングを打ち出せるイタリア人のセンスには脱帽だよ。これね、別に遊んでいるわけではなくて真剣なんだ。真剣に考えた末に出てきた形がこれだと言われると、僕からしてみたら「すげぇな、イタリア人!」って、正直にそう感じてしまうね。何しろ全幅はコルベットのC5よりも広くて、助手席の彼女とはいつまで経っても親密になれないほどの距離なのに、全長は約4mしかないんだからね。そういうディメンションを与えられた、頭でっかちの広々としたこのクルマのスタイルは、上を絞ればもうちょっと小さく見えるんだけど、とにかくどエライもんだよ。ある意味機能から出てきた形とも言えるけど、その表現方法がベンツあたりだとVクラスのような形になるのが、イタリーではこのムルティプラになるわけで、そういう点でもやっぱり驚かされるよね。

サイドプロテクター付きの樹脂製ドアハンドル。このクルマだから許されるカタチだね。クルマ自身のデザインを選ぶアイテムではある。   いろいろなシートアレンジができるのがいい。なんてったって外にイスが出ちゃうんだよ。

このクルマ、室内寸法をかなりしっかりとっていながら、エクステリアの形としては基本的には丸く見せているよね。普通ならVクラスのように角張ったカタチになるんだけど、この辺は相当巧みで、真後ろからの写真を見ればわかるように、ルーフの角がつまんだように出っ張っていて、スクエアな形を作っているんだ。これでまずは四角い室内空間を確保して、それからウィンドウ・ラインの流れなどで、クルマ全体としては丸く見えるように上手く作ってある。リアクォーターを見ても、ルーフのラインはヒューっとRで下りてきてるけど、リア・ウィンドウの角の部分は四角くなっていたりする。

取り外しもできる3つのリアシートは様々なアレンジが可能。

もうひとつ特徴的なのが、グリーンエリアというか、ガラススペース。ボディを上下で分割して見た時、ガラスの部分がもの凄く多い。これをさらに強調しているのが、サイドガラスの上面とルーフの天井の位置。これがほぼ同じくらいの所にあるということなんだ。普通のクルマは、ガラスの天井部分から上にピラーがあって、屋根があるよね。ところが、このクルマはこの部分が一番高くて、ルーフの中央部分に向かって、逆に下がっているんだ。この辺もデザイン的にはかなり高度なテクニックで、このおかげで室内寸法が確保できて、四角いクルマながら、非常にルーミーで面白いスタイリングを演出できているんだよ。

とはいえ、本当にモダンでスタイル重視だから、弊害がまったくないというわけでもないんだ。例えば、ガラスとドアパネルの上下関係を見ると、ガラスの方が大きいから、ウィンドウを降ろすと中途半端にガラスが残ったりして、結構不便なんだ(最近のクルマはみんな下がり切らないケド)。車輌感覚がつかみにくいという点も、そのひとつかな。

【左】このコントロール・パネルからは、宮崎駿監督の「天空の白ラピュタ」とか、そのあたりからのデザイン・モチーフに繋がるものをもの凄く感じたね。ただしセンターにあるシフトノブは、ウオークスルー的には非常にいいけど、ちょっと位置が遠いね。それからワインを1本突っ込んでおいた らよさそうなスペースが見えるけど、実はこういう収納スペースというのは、車内の色々な部分に確保されているんだよ。
【右】何をしまったらいいかわかんないけど、ここに入る巨大なメガネはないよね。

実際に乗ってみた印象は、やはり1600ccという排気量に起因する非力感は否めないね。とはいえ、非常にカンカン回るツインカム・エンジンのフィーリングはいいし、常時高回転をキープしながらの走りでは、足まわりも追随してくるので、意外とスポーティなんだよ。ワインディングでも、結構いい感じで走る。ちょっとイタリアン・スポーツのテイストが入ってるんだよね。そういう使い方では、小排気量ながらいい感じで走るんだけど、東名あたりだとやっぱり辛い。イチ、二のサンで加速して流れに乗ろうとする時なんかは、ちょっと苦しいね。

こういう使い勝手が正しいのかどうか、ちょっと不安だけど、小銭入れとカード入れを兼ねたアイテムも装備されているよ。でも、両方一度には使えないんだよね。

ただ、このクルマは「ユーティリティを活かして楽しく使おう」という部分では、非常にいいクルマだと思うよ。そのために色々なデザインがしてあって、彼らにとってこれはスタディではなくてトライなのかな? とも感じさせられたね。とにかく日本では、遊び車じゃなくて、ここまでのスタイリングをやらせてもらうことに許可する主査はいないからね。「誰が責任取るんだよ」って話になっちゃう。

そういう部分にも感心させられるけど、何はともあれこのムルティプラは、ヘッドスペースをしっかりと確保しつつ、最小限のオーバーハングに機能を濃縮して、デザイン表現の豊かさを併せ持っているクルマであるということは間違いない。中でもこの上下三段のフォグ、普通ランプ、ハイビームというレイアウトは、ひときわ異彩を放っているよ。お餅が何個も重なっているかのような「お供え餅デザイン」、これもかなり面白い。

下半分が鉄板剥き出しのドアは、日本的にはちょっと珍しいけど、面白いデザインのドア・パネルだよね。これを見ても、窓が全部収まらないことがわかるよね。   あー、ランプの内側が汗かいちゃった! と思うようなレンズカット。ボクも長いことクルマを見てきたけど、こういうレンズカットは初めてだよ。完全に意表を突かれたね。   全体にルーフラインを丸く、しかし室内はスクエアになるように作っていることが、このカットからもよくわかる。

僕の記憶の片隅に残っている事なんだけど、昔イタリーでジウジアーロが、この手のSUVをデザインする時に、ベースシャシーにキャビンを載せたり、トラックの荷台を載せたりして、色々なことをしてプレゼンテーションをしていたことがあった。そういう作り方、つまりこのムルティプラのようにユニットを重ねてクルマをデザインすると、ベースシャシーの上にヘッドライトがポコっとのっかるような形になる、というデザインのトレンドみたいなものを提案していたんだよね。このクルマのデザインは、ハウス・デザインらしいけど、そういう部分の名残があるんじゃないかな。

何よりも僕は、ムルティプラには特別な思い入れがあるんだ。実は免許を取って最初に乗ったクルマが先代のムルティプラなんだよ。あの頃のムルティプラも、600ccの小さ な、今でいうところの軽ワゴンみたいなものだけど、当時のクルマとしてはまさに画期的なクルマだった。シートがたためてフラットにできるシートアレンジをはじめ色々な工夫があったり、RR(リアエンジン・リア駆動)なのでフラットフロアだったり、スタイリングもさるこながら、面白いアイディアがたくさん詰まった楽しいクルマだった。あの頃からはや35年がたって、一度カタログモデルから消滅していた「ムルティプラ」というクルマが復活してきたことを考えると、やはり感慨深いよね。

35年前、先代のムルティプラがボクの最初のクルマ。若き日の楽しい思い出。

それから僕は、昔ルノーのエスパスを日本で最初に輸入して乗っていたんだけど、あれと今度のムルティプラは、シートアレンジが一緒なんだよ。一個ずつがユニットになっていて、取り外しができるというふうにね。そのエスパスと同じ方向のクルマだから、そういう意味ではムルティプラのシートには目新しさは感じないけど、もし荷物をいっぱい積もうと思ったら、前列の3シートを残して後は全部取り外せてしまうんだから、このクルマのボクシーな室内空間は、やはりこういうシートアレンジができると、相当使い勝手がいいと思うよ。

最後にひと言。どうもこのクルマのクラッチペダルには慣れなくて、5回くらいエンストしてしまった。今まで、こんなにエンストした経験はないくらい。このクルマでエンストするのは、ちょっと恥ずかしかったなぁ。


由良店長の独断と偏見によるバイヤーズガイド(店長の目安箱/5つので評価する)
エクステリア ☆☆☆☆
こういうクルマには高い評価をあげちゃう由良サンです。実際これはかなり考えられているから、ご立派としか言いようがない。

インテリア ☆☆☆☆
とても夢があっていい。抑圧されて苦しみながら仕事している人には無理なまとめ方だね。ただ、紫が強すぎるのにはちょっと抵抗があった。

ドライビング ☆☆☆
操縦性は非常にいいんだけど、アンダーパワーな点はいかんともしがたい。やっぱり2リッターでしょう。

店長の衝動買いモード ☆☆☆
パワーがもうちょっとあって、ATだったらかなり評価は高いね。日本人の「運転の楽しさ」には、マニュアルでカンカン走るという感覚は一部の人にしかない。フィアットさんには悪いけど、日本でMTだけでは売れないだろうな。

お買い得度 ☆☆☆☆☆☆☆
現状では3点。2リッターのAT版があって、300万円切ってたら4点。イタリアンモダンがこの金額で味わえるとしたら安い買い物。一般ユーザーよりも、日本の自動車メーカーが購入して、きちっと研究しなきゃいけないクルマかもしれない。イタリア人を勉強してみてはいかが?


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