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由良拓也にとっての初めての作品フォーミュラ2000から掲載
グラチャンマシンシリーズ フォーミュラカーシリーズ スポーツカーシリーズ その他 グラチャンマシーンシリーズ
由良拓也にとっての初めての作品である1971年のフォーミュラ2000から、
2005年までのムーンクラフト・デザインワーク集です。
※画像は全て、クリックすると拡大します。
グラチャンマシーンシリーズ
マクラーレンM12改(1972年)
当時のドライバー酒井正氏がGCで走らせていたM12を最新のM8Dのように、というオーダーでリヤカウルだけを製作したもの。M12の大きな板のようなリヤスポイラーが取り払われて軽く走るようになったとコメントされた。
マクラーレンM12改
マーチ73S改/マーチ73S改74モデル
(1973-74年)
“酒井マーチ”は、73年に低いフロントカウルやリヤウイングマウントを改造したマシンを製作。74年は100%新作のロングテールマシンを設計製作した。完全なオリジナルボディーという意味では由良の記憶に残っている作品のひとつという。
マーチ73S改
マーチ73S改74モデル
ムーンクラフトマーチ(1974-75年)
高原敬武氏のマーチ74Sのフロントフェンダーを低くし、リヤカウルをクローズドルーフのように一体にデザインしたのが通称“ムーンクラフトマーチ”。
マーチ73S改
GRD S74改(1974年)
このマシンのボディーワークのオリジナルは入交昭廣氏(現・東京R&D会長)。オーナー生沢徹氏の注文により、当時流行のクローズドルーフ風のモデファイを採用して性能を向上させようとチンスポイラーからリヤカウルまで全面的に改修した。その後のGRDS76は幻の後継車。
マーチ73S改



マクラーレンM12改
マーチ73S改
マーチ73S改74モデル
ムーンクラフトマーチ
GRDS74改
紫電
紫電改
シェブロンB36改
NOVA53S/54S
サンダーLM39
MCS
ロイスRM-1
希望
MCS2
MCS3
MCS4
MCS5
MCS6
MCS7
GC21
紫電(1977年)
GCチャンピオンを取り尽くした高原敬武が次に興味を持ったのがオリジナルマシンによるGCへの参戦だった。富士専用マシンとして最高速度を追求しよりドラッグの小さいクローズドボディーとして製作された。シャーシはF1解説でもおなじみの森脇氏の設計。しかし外観の美しさに反して結果は芳しいものではなかった。
マーチ73S改
紫電改(1977年)
シャーシをマーチにスイッチし、ロータリーエンジンを搭載してダルノーズとショートテールに生まれ変わった紫電改は根本的なコンセプトが崩れて中途半端なものとなってしまう。富士1000キロレースにクラッシュして大破しその生涯を閉じた。
マーチ73S改
シェブロンB36改(1978年)
漆原徳光氏のオーダーにより、劣勢になってしまったシェブロンのポテンシャルアップを目指しボディーを全面的に改修した。シェブロンの苦手とした高速でのスタビリティーが改善されて好評を得た。
マーチ73S改
NOVA53S/54S(1978年)
フォーミュラーで活躍していたNOVAが製作したGCマシンのボディーを担当した。米国の超高度偵察機SR71のイメージを引用した斬新なデザインが特徴。53Sではリヤウイングが装着されていたが翌年の54Sではウイングレスをトライ。当時ボディーだけでダウンフォースを生み出して走っていたという凄さ。このマシンはとにかく低くて広い。由良のお気に入りの一台である。
マーチ73S改
サンダーLM39(1979年)
同じシーズンにF2とGC両方のカテゴリーに参戦できないかという斬新なアイデアのもとに開発された。基本構想は故・沢島武氏が作ったシャ−シに合わせてフォーミュラーにフェンダーを付けた形にして欲しいという前代未聞の内容だった。由良がとても楽しんで製作した一台。ただし、二兎を追うもの一兎を得ずという諺どおり成功作とは言えなかった。
マーチ73S改
MCS(1979-80年)
75年に創立した弊社の歴史がここから大きく変わった記念すべき初めての自社企画製品。2座席のマーチの部品をフルに流用、オリジナルのシングルシーターシャーシとボディーをセット販売した。富士がGCをシングルシーター化したのはCAN-AMの復活を参考にしたからだが、ボディーデザインはCAN-AM風ではなく富士を意識し空気抵抗の少ないものを考えた。最初の年はまったく信用されずヒーローズチームの1台だけだったが速さが認められて翌80年には〜7台が販売された。
マーチ73S改
ロイスRM-1(1980年)
GCのレギュレーションがCAN-AMを倣ってシングルシーター化するタイミングで、F2のフォーミュラーシャーシにボディーを被せる発想で解良喜久雄氏と組んで製作した初めてのGCカー。幅が広すぎる、壊れやすいと評判の悪かったマーチ792のシャーシをあえて使用した。ボディー全体でダウンフォースを稼ぐ内部が空洞の大型ワンピースボディーが特徴だが、これは模型のクリアボディーにヒントを得たもので内側に成型したポンツーンを装着して更に空気の抜けを良くするというアイデアを使っている。下馬評を覆しとにかく速いマシンだったため、以後製作されるムーンクラフトのGCボディー製作に非常に大きな影響を与えることとなった。
マーチ73S改
希望(1980年)
原形は舘内端氏のデザインによる非常に複雑な空力理論特化型のGCカー。理論は良いがボディーの出来が悪くてまともに走らなかったため、リデザインを依頼されて改造を担当した。フォーミュラにボディーを乗せたような構造で、下面は後述のGC21のような凝った作りの完全なグランドエフェクトカーとなっていた。ただし当時は風洞実験を行わずに製作していたので効果のほどは定かではなかった。
マーチ73S改
MCS 2(1981年)
特注ワンオフマシンのロイスが大成功したのを受けてMCS2として進化商品化したもの。フォーミュラーシャーシを使用するロイスと同じコンセプト。ボディー上面は全部一体成型として密閉され構造の簡略化、空力性能の向上が計られていた。
マーチ73S改
MCS 3(1982年)
MCS2を進化し81年型マーチシャーシ用に発展させたモデル。基本コンセプトは2と同じ。前年にフォーミュラで使用されたシャーシを翌年GCで使用するという効率的な使われ方をした。
マーチ73S改
MCS 4(1983年)
時流に乗ってMCSもグランドエフェクトカーへと進化した。82年型マーチシャーシ用に製作したこの4はフロアー全面がボディーに覆われている。慣性モーメント減少をねらい前後オーバーハングを切り詰めサイドラジエターを採用。冷却風はボディー上面から取入れサイドへ排出するという大胆なレイアウトも外観上の特徴となっていた。
マーチ73S改
MCS 5(1984年)
究極の空力性能を誇ったMCS4であったがグランドエフェクトが禁止されたためMCS3のコンセプトに戻して製作。長時間の風洞実験を重ね高次元でバランスの取れた良いマシンに仕上がった。
マーチ73S改
MCS 6(1985年)
単なるMCS5のアップデート版ではなく、更なる進化を求めた100%ブランニューマシン。風洞実験の比重は更に増え、ムービングベルトによる100時間以上の実験で空力性能を改善する。NC切削を本格導入したボディー製作で仕上り精度も向上した。
マーチ73S改
MCS 7(1986年)
ジェフリースのドライブにより自チームがチャンピオンを獲得したマシン。MCS6の発展型だが、ヤマハ5バルブV6エンジン“OX66”の搭載も考慮し大型化を計られたリヤカウルは空力特性を更に向上させた。大型ブレーキインテークも採用されている。由良そして弊社が製作に関わったMCSシリーズとしては最後の作品となる。
マーチ73S改
GC21(2002年)
「GC21」とは、1970〜80年にかけて富士スピードウエイで行われた通称「グランドチャンピオンレース」の復刻版として企画され、2002年に復活することとなったレースカテゴリーである。F3シャーシをベースにカーボンコンポジット製のボディーをまとった最新テクノロジーマシン。大きな特徴はステップドフロアを採用したことである。
マーチ73S改
マクラーレンM12改
マーチ73S改
マーチ73S改74モデル
ムーンクラフトマーチ
GRDS74改
紫電
紫電改
シェブロンB36改
NOVA53S/54S
サンダーLM39
MCS
ロイスRM-1
希望
MCS2
MCS3
MCS4
MCS5
MCS6
MCS7
GC21

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